|
リンク
外部リンク
カテゴリ
最新の記事
以前の記事
2012年 06月
2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 ライフログ
ブログパーツ
ファン
|
2011年 07月 10日
本日も実施設計中
先日その合間に 知人にチケットをいただいたので甲子園へ ![]() 珍しく投打とも完璧なゲームで 終始リラックスして楽しめました ![]() 周囲が大いに盛り上がっているので 子供たちもメガホンをたたき放題で大はしゃぎ ジェット風船にも大はしゃぎで大満足な甲子園でした 元気そうな中村ノリも見れて一安心 ![]() KRD様ありがとうございました YZA:嶋津建築設計事務所 exciteブログの広告 2011年 03月 18日
1週間後に迫ったプロ野球開幕であったが
いつものように傲慢な親会社達 個人的見解としてはまだ時期尚早である 1ファンとして試合がないことは寂しいが なくても別に困らないものである プロ野球と言えどもあくまで余興なのである 親会社達は 日本社会にとって プロ野球はなくてもならないものではなく なくても困らないものということを 理解しているのだろうか 夢や希望の前に現実があるのだ 選抜高校野球が開催されることが本日決まったが 東北高校の選手達の試合をする姿は 被災された方々にだけでなく 今現在は安全なところで生活する私達にも勇気をもたらすであろう だが勇気を与える為に開催するとされているプロ野球は 数千万以上の高給な選手たちなのだ そんな彼らから勇気は湧いてこようか 原子力発電所の中で命がけで働いている職員の方々がいる チャンネルを変えると安全な場所で野球をしている選手達がいる そんな選手達から勇気などもらえようか 実際に試合をされる選手達はよく分かっておられる もちろん大相撲で起きた問題のように その周囲には多くの仕事をされている方々がいる その人たちの生活も考えなくてはならない ただその前に考えることがあるはずなのではないか 今回このまま強行されるようなことがあれば 一切応援する気にもなれないし もうファン自体をやめようと考えている いやすでにもう見切りを付けようと思っている YZA:嶋津建築設計事務所 yza@ares.eonet.ne.jp exciteブログの広告 2010年 10月 20日
阪神は今年を象徴するような終戦でした
![]() 写真:サンケイスポーツより拝借 一方 引退かとまで言われ どん底から這い上がってきた 今岡誠は 満面の笑み できれば ソフトバンクに勝ってほしかったが 彼の笑顔を 彼の活躍を 彼のビールかけを 見ることができてうれしいかぎりです やはり プロは気持ちである YZA:嶋津建築設計事務所 yza@ares.eonet.ne.jp exciteブログの広告 2010年 10月 02日
横浜村田の3ランから
気持ちもようやく落ち着きかけ ニュース映像を見て驚いた CS進出を賭けた ロッテの得点のワンシーン タイガースを戦力外となった あの今岡誠が ホームベースへ向かって ヘッドスライディング ![]() 写真:サンケイスポーツより拝借 今のタイガースにはない 何がなんでも勝つという気迫 平野とマートン以外に この気迫というものがないんだよなあ 阪神には 負け犬体質から抜けきっていない いつも綺麗に勝とうとしている 矢野云々 私も多少考えてはいたが そんなことを考えているようでは また20年はないかな。。。 プロ同士の戦いであるのだから 気迫の勝負で決まると思うのだが YZA:嶋津建築設計事務所 yza@ares.eonet.ne.jp exciteブログの広告 2010年 09月 30日
2010年 09月 29日
昨日は残念な結果に
本当に後がない状況で 本日は甲子園へ 巨人最終戦です 矢野の引退セレモニーは 残念ながら明日ですが 奇跡を願って YZA:嶋津建築設計事務所 yza@ares.eonet.ne.jp exciteブログの広告 2010年 07月 31日
神戸には
阪神ファンに愛されている サンテレビがあるため 見ることはあまりないのだが ビジターなど たまに中継がないときにチェックしていた gooのアニメーション速報 これが突然 昨日からサービス終了してしまったようだ いろいろなサイトにこういったサービスがあるが 段違いにいいサービスであった 個人成績も項目ごとに分かりやすく TVゲームのような臨場感があり また 試合の流れを把握するのに 非常に見やすいサービスであったため まことに残念である コストがかかりすぎたのであろうか? YZA:嶋津建築設計事務所 yza@ares.eonet.ne.jp exciteブログの広告 2010年 04月 19日
奇跡的な枠組み
試合開始30分前からの放送は普段は見られないスタメン発表 いつもの場所に名前はなく とうとうこの日を迎えることとなった 衝撃とともに 私事ではないけれど 肩の荷が下りたようなほっとした時を迎えた気がした 監督と金本の本心は伝えられるところでは分からないが すがすがしいことには違いないと思う しかしなんといっても 1492試合フルイニング出場世界新記録達成である 阪神の4番であるからこそ 厳しい野次を飛ばしてきた 掛布以降阪神には4番らしい4番はおらず その時期その時期、岡田や真弓、広澤、片岡、八木、新庄、桧山、田尾、石嶺、平塚、大豊、浜中といった面々も4番に座った時期があったが その器ではなかった 4番は絶対であり変えがたいもの しっかりと怪我を治した金本の復活を待ちたい YZA:嶋津建築設計事務所 yza@ares.eonet.ne.jp 2010年 04月 07日
今年は多いですね
小林繁氏 小瀬浩之氏 そして 木村拓也氏 タイガースの選手、コーチではないが 野球人として尊敬し 敵ながらあっぱれな選手でした 味方であればと何度も思わされた選手でした ご冥福をお祈りいたします YZA:嶋津建築設計事務所 yza@ares.eonet.ne.jp 2010年 01月 18日
これ以外に何度も見たいCMはない
「あの28年経って、今日は小林さんに謝らなければいけないっていうことを、 私決めてきましたので」 江川さんは両手で包み込むようにお銚子を持ち、小林さんの杯にお酒を丁寧に注いだ。 「長い間本当に申し訳ありませんでした」 一礼する江川さんに小林さんは言った。 「謝ることじゃないじゃない」 「いえ…」 ふたりは、杯をかざし、そして静かに合わせた。 乾杯、と小さな声が聞こえた。 「和解させていただいた、ということで…」と江川さん、 「当然っ」と小林さんが応えた。 江川さんの表情が和らぐ。 「ありがとうございます。いただきます」 江川さんは小林さんと同じスピードで杯を空けた。 小林選手と江川選手。 そのふたりを結びつけた源は、「空白の一日」の発見にあった。 1979年1月31日、「空白の一日」からおよそ二ヵ月後に成立したトレードで、 ふたりはチームを交換することになる。 ふたりはつながりながら、しかし、途切れたままだった。 「空白の一日」で始まった物語が起きてから28年の歳月を経た2007年9月11日、 目黒にある真っ白なスタジオでふたりは出会い、 そして初めて言葉を交わした。 小林「しんどかったよなあ」 江川「はい」 小林「おれもしんどかったけどな。ふたりともしんどかったんだよ」 江川「いろいろありましたもんねぇ」 小林「いろいろあった。おれにもあったし、きみにもあった。 おれたちの人生ってなにかあるたびに、その空白の一日が持ち出されて」 ふたりは、歳月を重ねてもその物語の主役をやめるわけにはいかなかった。 ずっとふたりは、遠いところから向き合っていなければならなかった。 球場でふたりが出会うのは、トレードがあった翌年のことだった。 江川「一年目は、小林さんとの対戦、なかったですね」 小林「一生お前とは投げ合いたくなかった。だけどもし、対戦していたら負けられないと思って、そして多分勝ったと思う」 江川「あの年は、小林さんすごいピッチングしていたから、やったら負けるな、と。でも、登板は監督さんが決めることだから」 小林「一年目は、わざとずらしたんじゃないかな」 江川「(二年目の、初めての対戦のときは)ぼくは絶対に負けられない、と思ってたんですよ」 小林「そう負けられないんだよね、多分君は」 江川「負けたら何言われるか分からない、って思っていたから。勝てばそれがなくなるような、そんな気がして」 小林「それがいいんじゃないか、前向きな気持ちに変わって行く、どんどんのし上がって行く段階の、いいステップの第一歩だったから」 江川「小林さんとの初対決、あれは八月十六日なんですけど、その日というのは、僕が高校の時に雨の中、甲子園で押し出しの四球を出した日と同じ日なんです。そして、小林さんとの日もまた雨が降っていた。絶対に負けられない、小林さんに負けたら、やめるしかない、やめようというんじゃない、やめるしかない…」 小林「というぐらい覚悟がいった…」 江川「お前が入って、小林さんをトレードで出しときながら負けるとはなんだ、そういう話になると思っていたんですよ。一生の中で負けちゃいけないゲームがあるとしたら、これだと思っていましたから」 小林「ただ逆に考えると、あの一日がなかったらお互いたいしたその後の人生を送ってないかもしれない」 江川「うんうん。平凡ていうのもおかしいかもしれないけれど、淡々と生きてしまっているかもしれない」 小林「そうそう、刺激を避けながら」 江川「ものすごい刺激でしたから」 小林「だから、それがあるからその緊張を、その緊張の仕方も上手になったろうし、その緊張を和らげるための方法も自分なりにあったんだと思うんだよね。(トレードということがなければ)おれも22勝するなんてあんな力は出せていないと思うし」 江川「小林さんがいいピッチングをすればするほど、小林さんに勝つしかないって。あの状況で入ったからには、野球選手の成績としては、越すしかないって。抜かないでやめるわけにはいかない、世間がそう思っているというふうに思い込んでいましたから。結局、勝ち星は越せなかったけど、防御率では勝ったんです」 小林「現役何年やったの?」 江川「僕九年です」 小林「オレが十一年、31歳でやめたから」 江川「僕32歳ですね」 江川「時が経たないと。多分今の時でよかったんですよね、お会いしたのが」 小林「(江川君と会って)残りの人生が少し変わったものになるんじゃないか、って思う」 江川「ひとつの区切りをさせて頂いて、これからはいい年を取っていけるのかなって」 ふたりは握手を交わした。 長いこと、手を握り合ったまま立ち尽くしていた。 そしてスタジオには拍手が鳴り響いた。 ふたりが引退を決めた年の成績は、ともに13勝だった。 まだ投げられる、そうした声援を受ける中、二人共ユニフォームを脱いだ。 通算価値数139勝と135勝、 通算防御率3.18と3.02、 なにかの因縁か、 ふたりの数字は酷似している。 この度、江川氏も小林さんの成績を越すことを目標にやってきたが 結局越すことは出来なかったと言葉を詰まらせていた。 黄桜のHPではすでに消去されています 完全版を再現してくれたら。。。 黄桜CM<YouTube> YZA:嶋津建築設計事務所 yza@ares.eonet.ne.jp < 前のページ次のページ >
|